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『東京遺産―保存から再生・活用へ―』

『東京遺産―保存から再生・活用へ―』 森まゆみ著 岩波新書

2020年、東京でオリ・パラリンピックが予定されています。小さな問題がポロポロ出ていますが、いずれも、解決が容易に予想される規模なので、関係者の尽力に期待して、要らぬ憂慮は控えます。
東京で開催される一大イベントであるから、これを機に、東京にある歴史的建造物、および文化的建造物と称される建物が、いかに保存され、あるいは、保存の努力、運動にもかかわらず、消滅してしまったのか、あらてめて考えてみたいと思い、本書を手にしてみました。
海外から来られる方は、もちろん、超近代的なものに賛嘆しますが、しかし、より賛嘆するのは、実は、伝統的なもの対してなんですよね。
なぜなら、そこにこそ、その国の文化、伝統の真髄および美を見いだすからです。
『うちの国と大して変わらないな』では、来た甲斐がないというものです。

本書は①名建築を残したい②原風景と都市景観③さまざまな物語を背負って④暮らしの中にいきづく建物、より構成されています。
東京にある『古くて素晴らしい建物』は多数ありますが、著者はまず上野にある東京芸術大学の奏楽堂をあげ、ついで東京駅をとりあげます。
新装なった東京駅については、すでに大量の書物が出版され、あの素晴らしい景観のファンは多数いると思われます。
しかし、あと一歩で、解体という『憂き目』から、まさに、不死鳥のように蘇った経緯については、あまり知られていないかも知れません。
かく言う筆者も、大女優の高峰三枝子、作曲家の黛敏郎などが、東京駅の保存のために尽力、あるいは努力したことについては、新聞程度の知識しかなくほとんど無知で ありました。

おさらいすると、東京駅は、明治41年に工事着工、大正3年に竣工、設計は当時の建築界の第一人者、辰野金吾です。
現在でも、その光芒が色褪せていない著名な建築家で、辰野の手になる建築物は現在でも各所にあります。
その東京駅は、いかにして保存され、さらに復元されたのか?
日本建築学会、JR、東京都、多種多様な個人、組織、団体が結集して、東京駅は生き延びました。
『残したい建物』があり、しかし、これを解体すべしとの意見がある時、いかにしたらそれを阻止できるのか、東京駅の成功例が参考になると思われます。

2020年のオリ・パラリンピック開催に向けて、これからも、『あそこは古いから撤去して、新しいものに作りかえよう』、『いや、あれは貴重な文化財だから、そう簡単に壊されては困る』といった対立が生じるかも知れません。
その意味で、歴史的な建物を保存することの意義あるいは逆に、それに固執して期待にそぐわぬ結果に直面した時の虚しさも記述されており、事の難しさについて考えさせられる好個の一冊です。
詩人のサトウ・ハチロー邸は、保存に失敗という苦い体験も記されており、これは東京に限らず、今後、日本のあちこちで起こりうる問題です。
保存か解体か移築か?
読者諸兄が住む街に、『残したい建物』はありますか?
つまるところ、経済的合理性を優先させずに、街と建物への愛情を優先させる。
換言すれば、文化に対する愛情の強度、それを作ったひとに対する畏敬の念の強さ、そこにかかっているようです。

『伝統建築と日本人の知恵』

『伝統建築と日本人の知恵』 安井清著 草思社刊

本書の著者は、京都の安井杢工務店に入社後、伝統建築の世界で生きてきたひとである。
京都の桂離宮をはじめとする、我が国が誇る伝統建築の修復、移築の経験をつづったものである。

序章  京大工の技を学ぶ大工集団『清塾』 
第一章 忘れられた近代数奇屋の名建築
第二章 伝統ある京大工の家に生まれて 
第三章 数奇屋の名建築との不思議な出会い
第四章 アメリカに日本の伝統建築を
の全五章から構成されており、日本の伝統建築にこだわってきたひとりの匠の人生が明解な文章で描かれている。

第一章では、大阪の『万里荘』の解体と移築について書かれている。 
万里荘は、天才的な数奇屋の棟梁と言われた平田雅哉(1900~1980)がかかわった邸宅である。家主は田中太介で、田中車輌(現近畿車輛)の創設者である。昭和八年に建てられ、四百坪の建坪に日本間が二十五、洋間が三つというシロモノ。
著者はこの万里荘の解体、移築を依頼されることとなり、数奇屋造りの奥深さに驚嘆しながら、建物の構造紹介と使用されている材料紹介を行う。

『数奇屋の建物は外観からは軽快で、非常にか細くできているように見えますが、壁は地震に耐えるように、しっかりとつくられています。仕口や継ぎ手、造り方などが一般の住宅とは、ちょっと違います。たとえば、壁の中の竹材(小舞)は、倍は入っています。
~中略~この竹は真竹です。真竹と孟宗竹は似ていますが、真竹は節が二重になっていて、中国から来た一重の孟宗竹とはすぐ見分けがつきます。それで数奇屋建築では真竹を使います』

また欄間には『煤竹(すすだけ)』を使用するといった記述など、一般的にはほとんど知りえない知識が披瀝される。

第四章では、京都市と姉妹都市になっているアメリカ・ボストンにある『子ども博物館』に京都の町家を移築する顛末が書かれている。この時は、かつて駐日大使を務めたライシャワー氏等の賛同も得られ、上棟式には、神聖なる神事に感激したアメリカ人が涙ぐむシーンも描かれている。

オモテナシ、和食ブーム、日本酒への高い評価、など、日本文化への関心と評価は日毎高まっているが、日本的美のひとつの象徴である日本の伝統建築を、今から三十年以上も前にアメリカに移築し、その価値を知らしめたひとがいたとは、驚きである。 

数奇屋、書院、茶室などは、数量的には少ない贅沢な建築物だが、その真髄の一端にふれるには、かっこうの書物である。

これを読んで、どこかの茶室に入ったら、見方が変わること必定。

『椅子と日本人のからだ』 

『椅子と日本人のからだ』 矢田部英正著 晶文社刊

本書は、日常我々が使用し、お世話になっている椅子について考察したもので
ある。あまりにも日常化しているので、椅子についてあれこれと思いをはせることは、誰でもあまりないだろう。
背中や腰が痛くなると、この椅子、どうもあわないなあ、と思う程度か。
著者は、自身が学生時代に体操選手として過ごした経験から、身体について研究するようになり、また、職人でもある。
人間のからだにはどんな形態の椅子が理想なのか? 論は『すわる』、『座』から日本人の衣服、つまり和服から食事作法までにおよび、からだのつかい方の根本を探ることによって、人間工学、身体技法へと進められて行く。
そこから、『座』に関する欧米と日本との差異が浮かびあがってくる。
終章の『物質文化と身体技法』では、『真にクリエイティブな人間ほど、理論の基盤に安住することによって陥る感覚の停滞を嫌うのである』という言葉が記されていて、理論信仰にかたよることを戒めている。
つまりは、椅子に限らず、『魂』のないモノ作りは、自然物たる人間に適さない、ということである。 本書を読むと、オーダーメイドの靴のように、自分専用の椅子が欲しくなってくる。これこそ真の贅沢である。

 また『玉座』や『チェアマン』の語源についても言及されており、ふうむ、たかが椅子と言いながら、これは油断ならぬぞと感心しきり。  

日本人はどう住まうべきか?

養老孟司・隅 研吾(共著) (発行 日経BP社)

建築家の隅研吾と解剖学者にて昆虫狂の養老孟司の二人の対談です。
第1章から第6章までの構成で、二人の丁々発止の対話がとても面白い。
隅研吾は「だましだまし」を基本理念とする風変わりな建築家ですが、瞠目すべき作品を次々に発表、アメリカの真似をした日本の建設業界のありようを批判しています。
養老先生は、「参勤交代」を推奨して、住まい・建築物を作るにはまず人間の「からだ」を知ることが大切と強調。「脳化」した日本人を批判しています。
二人に共通するのは、「日本という地域」に根ざした住まいの探究です。

『さがしてみよう・日本のかたち』 3 神社

発行 山と渓谷社『さがしてみよう・日本のかたち』 3 神社

松の内はもうとうに過ぎましたが、初詣に神社を訪れたひとは多いだろう。

そこで、この一冊を紹介しよう。

 神社はいつ行っても心を落ち着かせてくれる聖域だ。

 神社の由来、特に昨年、式年遷宮が行われた伊勢神宮の歴史を知っておくのも悪いことではない。これを手に、神社まいりをしたら、さぞかし楽しいはずだ。

 本書は、伊勢神宮をはじめとする全国の著名な神社を紹介しながら、読者にその奥深さを教えてくれる。単純に見える鳥居の形が何種類もあるとは!

 また注連縄(しめなわ)、紙垂(しで)、さらに絵馬の説明も豊富な写真で説明されており、ヴィジュアル的にも美しい。

 今年はウマ年なので、絵馬に願い事を書いて奉納すれば、特に霊験あらたかかもしれない。

 ちなみに、絵馬は、遠い昔に、生きた馬を奉納した代用とのこと。