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Vol.93 福沢諭吉について(8)

J・H のささやき VOL.93 『福沢諭吉について(8)』

                 ~「学問のすすめ」より~

 『学問のすゝめ』の第6編は、『国法の貴きを論ず』となっています。

ここでは、初めに、日本人の好きな赤穂浪士について論じています。
福沢は、赤穂義士も、時の徳川政府も批判しています。
つまり、両者とも法を守っていないからです。
特に、赤穂義士については、主君の浅野内匠頭の激情を指弾し、また主君の仇討ちを
果たした四十七士の行為を私憤にかられた行為として、バッサリと切っています。
つまり、何事も法の下で判断されるべきで、それがなければ、国とは言えない、とい
うことです。
確かに、各人が、一時の私憤にかられて暴力的な行動に出れば、社会の秩序は乱れ、
その安寧は担保されません。

そして、暗殺について、記します。
『私栽の最も甚だしくて、政(まつりごと)を害するの最たるものは暗殺なり。古来
暗殺の事跡を見るに、或いは私怨のためにする者あり、或いは銭を奪わんがためにす
る者あり。
この類の暗殺を企てるものはもとより罪を犯す覚悟にて、自分にも罪人のつもりなれ
ども、別にまた一種の暗殺あり。この暗殺は私のために非ず、いわゆるポリティカル
エネミ(政敵)を悪(にくみ)てこれを殺すものなり。
天下の事につき銘々の見込を異にし、私の見込を以って他人の罪を裁決し、政府の権
を犯してほしいままに人を殺し、これを恥じざるのみならず、かえって得意の色をな
し、自ら天誅を行うと唱れば』と続き、『暗殺を以ってよく事を成し世間の幸福を増
したるものは未だかつてこれあらざるなり』と書きます。

古来より暗殺は数多あります。古代ローマのシーザーしかり。
我が国においても、近世、近代になると、幕末では、徳川幕府の井伊直弼大老、坂本
龍馬、明治以降では大久保利通、伊藤博文、原敬、犬養毅、浜口雄幸、高橋是清、等
々枚挙にいとまがありません。
また未遂となると大隈重信、鈴木貫太郎、重光葵(まもる)と、こちらも数知れず。

嘘のような話ですが、第一次大戦に敗北したドイツでは、1919年から1922年
までの間に、なんと300人以上も暗殺されています!
右翼テロが354人、左翼テロが22人です。

政権を奪取したヒトラーに対しては、敗色濃厚となった1944年7月20日に暗殺
未遂がありました。
トム・クルーズ主演のアメリカ映画、『ワルキューレ』は、それを描いた作品です。
シュタウフェンベルク大佐が中心人物で、同大佐は処刑されましたが、戦後、同大佐
の行為はドイツの良心の証しとして称揚され、記念日が設けられています。
 
ヒトラーの暗殺が『もし成功していたら』、どうなっていたか?
愚生は次のように考えます。
ドイツはナチスとドイツ国防軍の間で内戦が勃発し、同国人同士が戦うという悲惨な
状況が出現していたでしょう。しかし、ユダヤ人の犠牲者数は、格段に減っていた、
と。
 
暗殺を否定した福沢ですが、ヒトラーの暗殺計画について泉下ではどう思いますかね?
ヒトラーの暗殺を容認した神父の言葉が残っていますが、これは、我々にとって深刻
な問いかけですね。
神に仕える神父が、暗殺を認める。
読者はどう思われますか?

東條英樹の暗殺もふたつの反対勢力で極秘裏に練られていましたが、東條英樹が首相の
座から降りたので、中止になりました。
まことに暗殺は多くありますが、福沢自身も暗殺の危険にさらされた時期もあるので、
なおさらに、卑劣な行為だと指弾したものと思われます。
 
歴史に『もし』は禁物とされますが、もし、大久保利通と伊藤博文(実行犯とされる安
重根は韓国では英雄視されています)が暗殺されていなかったらと考えるのは自由です。
そうすると、想像上の色々と違った風景が見えてきます。
日本は、かなり違った道を歩んだと思います。
少なくとも、後世のような、陸軍閥の跳梁跋扈はなかったのでは?
とすると?
 
外務大臣を務めた重光葵は、確か中国の反日分子によって大陸で爆弾テロに遭っていま
す。それで片足を失いました。
太平洋戦争の敗北後、アメリカの戦艦ミズーリ号の上で降伏文書にサインした映像は有
名ですね。
愚生は、片足で杖をつくモーニングにシルクハットという重光の姿を思い出すと、万感
胸に迫るものがあります。
このような屈辱的な場で、しかも正装して、泰然とした態度を持している。 
 
18世紀からヨーロッパの政治哲学では、国家は『暴力の占有機関だ』とか、『国家は、
いざとなれば、国民に暴力の牙をむく。それも法の名のもとに』とか言われます。
確かにその通りですが、その国家もまた法(恣意的にねじ曲げられることもあるが)に
縛られているので、そこは、日本が民主国家であると信じて、生活するしかないですね。
そして悪法があれば、廃止して行く。
 
福沢が国法の貴さを論じたのは、明治国家の草創期であり、法自体を論じるよりは、何
よりも、法を守る精神、遵法精神をみなが堅持しないと、国がたちゆかない、という強
い思いがあったためと思われます。
『じゃないと独立なんぞは出来っこないよ』
それで、たとえとして、誰もが知っている赤穂浪士、つまりは忠臣蔵を引き合いに出し
たのだと思います。
そして、暗殺によって、その後世の中が良くなったことはかつてないと記述しました。
 
男女のもつれから、刃傷沙汰になる事件は後を絶ちませんが、あれは、暗殺とは言いま
せんね。
痴話喧嘩の『狂的な発展形』でしょうか?
読者の皆さん、くれぐれもお気を付けて!

某大国の大統領も、某小国の三代目も、暗殺に怯えているようですが、ガッチリと警備
されているので、まあ安心でしょう。
ええ、先に失職した隣国の元大統領の父君は側近の者に殺された?
そ、そうでしたね、そうすると、ふむふむ、地下に潜って、じっとしているしかないで
すね。
ご両人とも、地下室に蟄居せよ! なんなら月にでも。

ふたりで仲良く餅つきでも。