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Vol.90 福沢諭吉について(5)

J・H のささやき VOL.90  『福沢諭吉について』(5)
               『学問のすゝめ』より 

 面白い話をきいたので、はじめにそれをご紹介します。
スパイアクション小説『007』の作者、イギリスの作家のイアン・フレミングの愛読書
は鳥類図鑑でした。
で、その著者名が『ジェームス・ボンド』だったので、イアン・フレミングはそれを小説
の主人公として借用したそうです。いや、面白い!
 
 
『昔、戦国の時、駿河の今川義元、数万の兵を率いて織田信長を攻めんとせしとき、信長の
策にて桶狭間に伏勢を設け、今川の本陣に迫りて義元の首を取りしかば、駿河の軍勢は蜘蛛
の子を散らすが如く、戦いもせずして逃げ去り、当時名高き駿河の今川政府も一朝にして亡
びてその痕なし』
と紹介し、その一方でプロイセン(ドイツ)とフランスの戦いにおいて皇帝ルイ・ナポレオ
ン(英雄ナポレオンの甥です)が捕虜となった時、フランス軍は、ナポレオンの奪還に奮戦
したことを書いています。

『フランスには報国の士民多くして、国の難を銘々の身に引き受け、人の勧めを待たずして、
自ら本国のために戦う者あるゆえ、かかる相違を出来(しゅったい)しことなり』
そして、外国に対して、自国を守る心意気の重要さを記します。
『その国人に独立の気力ある者は国を思うこと深切(しんせつ)にして、独立の気力なき者
は不深切なること推して知るべきなり』

駿河の今川軍は、親分を殺されたら、早々と意を喪失し、蜘蛛の子のように散り散りになって、
まったくもってだらしがない。それに比べると、フランス軍は生け捕られた親分を救うために
敢然と戦った、と賛美しています。
親分が拉致されたぐらいでへなへなになるな、ということですね。
 
この時のプロイセンとフランスの戦争は1870年です。
その後、両国は第一次、第二次と世界大戦で二度も戦っています。
で、いまの両国はEUの牽引国となってガッチリと手を握っています。
イギリスがEUから抜けたので、その紐帯は以前より強くなっているように見えます。
過去においておたがいに何度も戦った相手ゆえに、尊敬もあるでしょう。
また戦うことの愚かさも身に沁みて知ってもいるでしょう。
  
そのように考えると、日本とアメリカの関係はどのように見えるのか?
愚生にはよくわかりません。難しい。
 
福沢をナショナリストと見る向きもありますが、普通言うところの『偏狭なナショナリスト』
ではないことは、言うまでもありません。
欧米列強が好き放題をおこなっている時代、日本が侵食されないための防波堤たる必要な
『ナショナリズム』だったのです。
 
自国の独立と繁栄を願う。誰にでもあります。世界共通です。 
アメリカインディアンの部族の言葉にあります。
『七代先の未来の子孫の幸福』
素晴らしい考えですね。
福沢は、日本の何代先まで考えていたのか?
五代先ぐらいは視野に入っていたのでは。
五代というと曾孫(ひまご)の子、 つまりやしゃご(やしわご)、玄孫ですが。
未来永劫にわたって、なんて言うと芒洋としてしまいますが、七という数字が出てくると、
グッと想像しやすくなりますね。西暦で言うと……2300とか2400年ぐらい?
 
読者はご自分の子孫のこと、どこまで想像できますか?
百歳まで生きると仮定すれば、曾孫までは視野に入ってきますかね?