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Vol.88 福沢諭吉について(3)

    J・H のささやき VOL.88 『福沢諭吉について(3)』

                ~「学問のすすめ」より~

こんにちは、ジェームス・ホントです。

『身に才徳を備んとするには物事の理を知らざるべからず。
物事の理を知らんとするには、字を学ばざるべからず。
是すなわち学問の急務なる訳なり。
昨今の有様を見るに、農工商の三民はその身分以前に百倍し、やがて士族と肩を並る
の勢に至り、今日にても三民の内に人物あれば、政府の上に採用せらるべき道すでに
開けたることなれば、よくその身を顧み、我身分重きものと思い、卑劣の所行あるべ
からず。およそ世の中に無知文盲の民ほど憐むべく、また悪(にく)むべきものはあ
らず』
 
物事の理、ことわり、つまりは理由ですが江戸時代にはすでに『格物窮理』『格物知
至』という言葉がありました。
現在では物理と言いますが、当時は英語の『フイジックス』を物に格(至)り理を窮
(きわ)める、ということで、『格物窮理』と訳していました。それがつづまって物
理。ケミカルは、セミカル、精密、せいみ、そして化学となりました。
 
要するに、物事にはなんでも『理』があるから、それを知る必要がある。
それにはまず、文字が読めなければ話にならない。
ここから始めようではないか、ということです。
(しかし、江戸時代、日本人の識字率は、6割以上と言われています。
大方はひらがな、カタカナだったようで、ややこしい漢字となると、正確にはわかり
ません。しかし、現在の中学生レベルの『漢字の読み書き能力』はあったのでは?
欧米に比べると、驚くべき高い数字です)

福沢は、日本人の識字率の高さを知っていたはずですが、あえて、こういう言い方を
したと思われます。
ただ文字が読めるということではダメで、積極的に学問に励もうではないか、と言っ
ているのです。また言外に、外国語を勉強しないとダメだぞと言っているようにもと
れます。

世の中は変わって、農工商、つまり侍以外の人間もこれからは、社会的に上昇して、
政府で働くようになるだろう。だから、身をよく慎んで、また自尊心をもって、卑怯
な真似はせずに、立派に生きようではないか。
『君子は独りを慎む』と言いますね。
誰も見ていないからといって、見苦しいことはするな。
君子たるもの、独りでいても、きちんと身を処せと。
(放屁ぐらいは良いのでは)
そういう人間になろうと。そして天下国家のために働こう、と。
福沢自身は生涯在野にこだわりましたが、弟子たちが『官』で働くことには肯定的で
した。
そして、およそ、世の中で、無知で文字が読めないことぐらい憐れなことはない、憎
むべきことはない、と続けます。
 
なんだ、当たり前の話じゃないか、と現代なら思いますが、明治になって早々の時期、
国民のひとりひとりに、学問の良さを知らしめるためには、こうした言論が必要とさ
れたのでしょう。
学問があれば、人間はいかようにも生きられる、能力があれば上昇もできる、と国民
を鼓舞しているようですね。
『目に一丁字(いっていじ)ない』という面白い言い方があります。
現代はもう死語ですが、文字が読めない、文盲という意味です。
『一』と『丁』というごく簡単な文字すら読めない、ということから、こういう言い
方がされました。
『いえ、ダンナ、こちとら、目に一丁字もないもんで、新聞なんざあ読めませんや』
こんな言い方をしました。謙遜も含まれていますがね。
 
福沢は『文明論の概略』の中で『文明とは人の身を安楽にして、心を高尚にするを
云う』と書いています。
それが真実かどうかは置いといて、とにかく欧米に比較して文明(合理的かつ民主的
な制度と近代的な機械設備)の低い日本は、一刻も早く欧米列強に並ばないとまずい、
という福沢の焦燥感がうかがえます。
言うまでもなく、底流にあるのは『国家の独立』と各人の『独立心』でした。

尊大かつ頑迷固陋な中華思想ゆえに、簡単に半植民地化された清国(現中国)を福沢
は同じアジア人として複雑な思いで見ていました。
『ああなってはいけない。国民を一新しないと』 
そうした思いが、諸君、勉学に励もうという呼び掛けにつながっています。