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VOL84 瓦考(2)

J・H のささやき VOL.84 『瓦考 (2)』
                   

こんにちは、ジェームス・ホントです。


  『中国の陕西省で発掘』

最古の瓦は、中国の陕西省で確認されました。
宮殿の跡地からです。形状から想像すると、屋根のごく一部、棟頂や曲がり屋の屋
根の谷間などに使われていたようです。今から三千年前の話です。
すでに丸瓦と平瓦が製造されていたことが判明しています。
さらにその後、瓦は薄手に作られ、丸瓦先端に文様部、つまり『瓦当(がとう)』
を持つ瓦が作られるようになっています。
瓦先端のあの部分を瓦当と呼びます。
あの部分をようく見ると、様々な文様が描かれています。 
誰でも、あああれか、と思うはずです。
ラーメン屋のあのドンブリ、縁のところにグルリと妙な文様がありますね。
あれは饕餮(トウテツ)文と言います。つまりは魔除けです。
その饕餮文が瓦に見られます。

  『百済から渡来』

日本に瓦が伝えられたのは、西暦588年で、崇峻天皇の時代です。
古代朝鮮の一角を占めていた百済(クダラ)から伝わりました。 
『日本書記』によると、四種八人の工人集団がやってきて、そのうち四人が瓦師で
した。彼らは飛鳥寺の造営に参画します。
その時、当然ながら日本の様々な職人たちが各地から集まり、瓦の製造技術も伝承
されたことでしょう。
その後、高句麗系の瓦も伝えられ、寺社の盛んな建立によって日本の瓦は多様化し
ていきます。つまりは仏教熱が興隆したわけです。
当時の仏教の中心は鎮護宗教で、一般庶民には縁遠いものでした。
疫病、災害などから国を護ってくれるものとしての宗教で、朝廷、その周囲の貴族
階級の占有物でした。
深い宗教的な想念にはほど遠い、ただただ、ありがたいものとして仏様を崇拝して
いました。
寺社の相次ぐ建立にともなって瓦の生産地も増え、瓦の製造技術は近畿中心から阿
波、讃岐と各所に伝播しました。
              
  『江戸時代に普及』

一般庶民の屋根に、瓦が使われるようになったのは江戸時代からです。
それには桟瓦(さんがわら)の発明が大きくかかわっています。
これは方形で中央が谷をなしているもので、誰もが瓦ときいてイメージする瓦です。
日本は四季がはっきりしていて、冬は寒く、夏は暑い。そうした気象に耐える瓦を
作ることは容易ではなかったようです。
また茅葺き、藁葺き、板葺きの方が格段に安価です。
あるいは……茅葺き、藁葺きには……ある家の屋根葺きに近隣住民が総出で協力す
ることによって、共同体の求心力を高めるための『祝祭的』な要素もあるかも知れ
ません。
あるいは、これは想像ですが、ひょっとすると、『門』と同じように、庶民には禁
じられていたのか?
『贅沢な瓦を屋根に使用することはまかりならん』

それにしても、渡来から庶民階層に普及するまで千年も要するなんて、ちと時間が
かかりすぎですね。

瓦はとても重要なものですが、とにかく地味なので、文学作品にもほとんど姿をあ
らわしません。が、ありました。よかった!             
水上勉の『雁の寺』にあります。
舞台はお寺です。鬱屈した精神構造の少年僧が、師匠を殺害する話です。
恐いですよ。
福井県出身の水上勉はお寺の子供で、少年時は仏教系の学校に行っていたので、書
きやすかったのかも知れません。
『この鳶は(中略)、庫裏と本堂の上を旋回していた。円を描いてゆるやかに飛翔
するのである。ときどき、庫裏の屋根瓦の端にある鬼瓦にとまって、白砂利を敷い
た庭先をへいげいしていた』
中篇小説ですが、お暇があったら、お読みください。ゾクっとしますよ。

現在、新築の家並をながめていると、瓦屋根はほとんどありません。
家屋自体がモダンな造りになって、優れた屋根材もどんどん開発されています。
瓦というのは、どこか古風な感じがするので、現代人は敬遠するのでしょうか?
太陽光パネルの普及も影響しているのでしょうか?
いつの日か、寺や神社でしか見られなくなるのでは、と危惧します。
もっとも人間の趣向は常に振り子のように動くので、瓦屋根が隆盛する日がくるか
も知れません。

 参考図書 『ものと人間の文化史・瓦』 森郁夫著 法政大学出版局
       その他

      
☆☆☆

さて、このコーナー、長々と続けてまいりましたが、今回をもってひとまず終了と
致します。
浅学非才ながら、どうにか長い道中を歩いてまいりましたが、いまはひとつの到達
点にやってきたという思いに浸っております。
3年半のお付き合いでしたが、お読み下さった方々に深甚なる謝意を表します。
『知るは喜びなり』と古来より申しますが、読者に少しでもその喜びを与えること
ができたとしたら、愚生にとってこれに勝る喜びはありません。

説明の不明瞭な点、あるいは事実誤認も多々あったかも知れませんが、ご容赦を賜
る次第でございます。

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